私と歌の物語 全編

さあ、あなたと歌の物語を、もう一度はじめよう。

あなたがどうやって歌と出会い、どんな風に別れたのか。

それはもしかしたら自然消滅?

それはもしかしたら予期せぬ別れ?

そして、なぜまたこうして歌おうとしているのか。

私にたくさん聞かせて欲しいのです。

どんなところに惹かれていたのか。

なぜ嫌いになってしまったのか。

たくさん教えて欲しいのです。

私は、歌手になりたいという夢は、幼いころ全くありませんでした。

それをはっきりと意識したのは、確か高校生の時。

テレビから流れてきた小沢健二の軽快なメロディ。

そして何より、そのバックで歌うコーラスの人の楽しそうな顔!!!

当時、たぶん人生の中で一番太っていた私は、歌いたいけれど、太っている人はテレビに出られないと思っていたので、歌手になりたいという気持ちを抑えていました。

でも、その時みたテレビ画面の中には、私と同じくらい太った女性がいる。

そして、歌を歌っているのです。

メインに立てなくても、コーラスとしてなら、歌手の夢が叶うかもしれない。

そう思っていたことを、今鮮明に思い出しています。

それから、大学生になり、友達に誘われ、入ったアコースティックサークルで、すっかり歌に魅了されてしまったのです。

音楽そのもには、幼いころから関わりがありました。

ピアノは小学校1年生から。3,4年とお休みし、また5年からスタート。

中学校は合唱部。

高校は音楽科。

大学も芸術大学の音楽学科。

小学生の時は、母が、たくさんのコンサートに連れて行ってくれました。

今思うと、なぜあんなにたくさんのプロのコンサートに連れて行ってくれたのか不明です。

その中でも、小学生で、CHAGE&ASKAとビージーフォーのコンサートを聴けたのは、かなりラッキーだったと思います。

私はいまでもエンタメが好きで、そして良質なJ-POPが好きなのです。

きっと、ルーツはここにあります。

大学生の時、メジャーデビューしたいと思い活動しましたが、鳴かず飛ばず。

チャンスがあっても、なぜか飛び込まないという出来事が続きました。

そういこうしているうちに、私の中でリミットと感じていたユニット結成3年が過ぎようとしていました。

売れているバンドやユニットは、結成からおおよそ三年以内で結果を出しているのです。

ですので、それまでに芽が出なければ、解散だなと。

そして私は、解散したいと言えず、東京へ行くことになったので、もし一緒にユニット活動をしてくれるのなら、一緒に東京へ行こうと告げました。

私を含むメンバーはみな、東京へと引っ越しました。

東京へ行くと、面倒をみてくれる方がおり、たくさんのチャンスをくれたのですが、生きていくためのバイトをすると、音楽に費やす時間などほぼなく、限れられた時間とお金を使うのなら、今このユニットに使うだろうかと考えた末、私の答えは「No」だったのです。

東京へ越して間もなくユニットは解散。

そこから私の、ソロ活動がはじまります。

歌いたい気持ちある。

でも、それまでユニットで活動していたので、楽器隊がいないとLIVEができない現状。

私がもう一度歌と向き合うとしたら、どうすればいい?

出た答えは

ー 弾き語りをする ー

でした。

ピアノそのものの腕は、ピアニストに比べたらものすごく劣ります。

弾き語りとなると、相当かっこ悪いステージをふむことに。

それでもやりたいのか?自分に問いかけた時、私を一歩前に進めてくれたのは、関西時代からの友人シンガーソングライターマリちゃんでした。

彼女は、いつも音楽と一緒です。

歌いたい。その気持ちひとつで、どんどんステージに立ち、チャンスをつかもうと動いていました。

当時彼女は、弾き語りでLIVEをしていました。

私はマリに、弾き語りで歌ってみたいのだけどと相談し、ライブハウスを紹介してもらったのです。

そこは、本当に小さなハコで、いわゆる有名な人が出演するところではなく、さあこれからというミュージシャンが集う場所。

関西では、それなりに大きなところで演奏していたので、なんか、かっこ悪いなと思いながらも、私は弾き語りにまっすぐ向き合うことにしました。

そこで出てきた問題が、オリジナルソングがない!でした。

ユニット時代に作った曲はたくさんありますが、私のソロ曲は一曲もない。

LIVEとなると、30分で5曲は演奏しないと足りないので、カバーを1曲入れたとしても、オリジナルは、少なくとも4曲必要なのです。

そこからが、私一人の作詞作曲のはじまりです。

一番最初に作った曲は、ミドルテンポの曲。作詞ももちろんしました。

それをマリちゃんに聞いてもらったら「いけっちってこんな素直な歌詞書く人やっけ?」と。

そう。私の中にある音楽は、歌は、どうやらとてつもなくストレートだったのです。

ユニット時代は、BirdやSuger Soulなどを好んでいたので、言葉遊びのような歌詞が好きでした。

でも、いざ私のソロ曲として書いたそれは、まるで真反対だったのです。

愕然としたのは私です。

私と歌との物語は、ここからなのだな。と。

私は、やっと私の歌を見つけました。

そこには、派手なリズムもかっこいいテンポもなく、穏やかで優しい音が溢れていました。

そこから果たして何曲作り、何度のLIVEをしたのか覚えていません。

LIVEは、とにかく最低月1回、1年は出演しようと決めていました。

回を重ねるごとに、自分の曲のカラーも見え、アップテンポな曲も、私らしくなっていきました。

もちろん、ユニット時代とは似ても似つかない楽曲ですが!

そして私は、『それとも、ぎゅっと』という曲を書いたのを堺に、全く曲を生み出せなくなりました。

それと同時に、私と歌との物語は終わるのです。

さらに、結婚が決まると、ますますピアノに向かわなくなりました。

それから何年かして気付きましたが、私と歌は、あまりにも密接でした。

作れなくなって気づいたのは、私の中に溜まっていたものを吐き出すかのように、曲を作り歌っていたのだなと。

もう溜まっているものがなくなった今、歌う必要がなくなってしまった。

嬉しいような悲しい出来事でした。

それから起業コンサルティングの仕事をはじめ、音楽はもうしないのだろうなというところまで気持ちが動きました。

コンサルティングの仕事が楽しかったからです。

それに、しっかりと仕事として報酬をいただけていたことが何より嬉しかった。

いかんせん、貧乏経験が多いので、稼げるということは、私にとっての誇りであり、何ものにも変えがたい現実だったのです。

そうこうしているうちに、コンサルティングのクライアントから、ステージで歌いたいと声があがり、大人気プログラムとなる『歌で自分を表現するプログラム』が誕生するのです。

そこからまた、私と歌の物語が動き出します。

教えることならできるなと思いましたが、やはりレッスンの中で歌うことがあります。

声が出ないのです。これまでものすごい数のステージを経験してきていますので、自分への信頼はあります。

その分の声は出ますが、さすがにブランクがあるのでなかなか思った通りの声が出ません。

その現実と、目の前にある音楽の仕事とのバランスを、しばらくは取れないでいました。

そうして、そのプログラムがどんどん大きくなり、阿部ヨーコ=歌の人、という印象も増えてきたところで、もう一度歌と向き合う必要があるのではと思い始めたのです。

事あるごとに、やっぱり歌なのかな?と思ってはいたものの、踏み切れずにいました。

音楽から一度離れ、また戻るかっこ悪さを、なかなか超えられなかったからです。

それでも、ミュージシャン仲間はいつでも暖かくて、阿部ヨーコのためならなんでもするよ!と声をかけてくれます。

なんでなのだろう。私はもう歌い手ではない。それなのに。

今思うと、その答えは、私のオリジナルソングにありました。

私の、本当の私の歌は、テンポがよくかっこいい歌ではなく、やさしくて穏やかでそれでいて情熱的な歌なのです。

活動していようがいまいが、私の歌に対する情熱が、きっとミュージシャン仲間に伝わっていたのだと思います。

そうして今、もう一度音楽の中へと飛び込むことにしました。

正直、ものすごい不安。実際今も、歌の感を取り戻すのに精一杯なのです。

だけど。

そういった不安もひっくるめて、しっかりと一歩ずつ進んでいきたい。

そして、こうやって歌とともに生きてきた私だからこそ伝えられることがあるのではと、今こうして、文章に書き起こしています。

一度終わったかのように見えた、歌との繋がり。

それをまた自分の手で繋ぎ直すのは、ものすごく勇気がいります。

人前に立たなくなった私は、イメージする容姿でもありませんし。

ステージに立つのと、ただSNSで顔出しするのとは訳が違います。

でね。はたと気づくのです。

私今なにしてるんだろうと。

夜中の3:00です。今。

カレンの鳴き声で目が覚めて、落ち着いたら突然

「あなたと歌の馴れ初めを教えてください」

「My Song Project」

と言われたのです。

しっかしまあ、My Song Projectって、どんだけダサイネーミングだよ!と思ったけれども。

わかりやすいよね。とっても。

で、ポイントは『Sing』ではなく『Song』だということ。

やっぱり作らなきゃダメなの。歌い手は。

自分の歌を持たないとダメなの。

そこからはじまるから。歌とあなたの物語は。

どんな変な曲でもいい。

あなたの歌を作ろう。

そして、ステージに立って歌うのです。

一人で、音楽を奏でてみよう。

あなたの音楽を、あなたが奏でよう。

私が今やりたいプロジェクトはこれ。

遠回りして、でもその度に、どんどん私に近づいていく。

さあ、はじめよう。

あなたと歌の物語。

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